エウレカの憂鬱

音楽、映画、アニメに漫画、小説。好きなものを時折つらつら語ります。お暇なら見てよね。

【アニメ考察】『どろろ』と民俗学的モチーフ おかわり

散見される民俗学的モチーフ

前回までの記事では、百鬼丸の出自についていくつかのモチーフを元に考察してみた。

今回は前回までの記事で拾えなかったモチーフについて書こうと思う。

アニメの進行に沿って増やしたいくのでもし興味がある方がいたならば、思い出したように覗いていただけると嬉しい。

また、今後ますますこじつけのようなものも出てくると思うので、言葉遊びを見ていると思って大目に見てくださいな。

 

貴種流離譚

百鬼丸の物語は典型的な貴種流離譚である。

 

記紀神話

第1話の「醍醐の巻」において、父の野望ゆえに不具の体で生まれ流された百鬼丸のモチーフは記紀神話に登場するヒルコ神である。

【アニメ考察】『どろろ』と民俗学的モチーフ 前編 - エウレカの憂鬱

 

六部殺し

第2話「万代の巻」で村人がお遍路を殺害したのは、「六部殺し」あるいは「異人殺し」の伝承を下敷きにしている。

かつては六部(旅の修行者)などの外から村を訪れる者は村に外部の情報や福をもたらす存在であり、来訪する神に見立てられ歓待されていた。折口信夫のいう「マレビト」の構造である。秋田の来訪神ナマハゲなどはまさに鬼神のような姿である。

この福をもたらすマレビト・異人を殺害し、その富により村が栄えたというのが六部殺しのモチーフである。

横溝正史は『八つ墓村』において村の由来を落ち延びてきた落人の殺害としているがこれもこのモチーフが創造の源になっている。

怪談『こんな晩』では、そんな六部殺しの業の因果応報が描かれている。

作中で、やろうかぁ、やろうかぁ?と鈴を鳴らしながら立ち現れた妖怪(金小僧)に対し、万代の村の男が殺したお遍路の影を見たのも、同じように己が罪悪感ゆえだったのだろう。

わたしは金小僧が持っていた鈴がそのまま殺されたお遍路のものだとは思わない。あくまで村人にはそう聞こえるだけなのではないだろうか。

ちなみに柳田國男の妖怪談義の中にも、やらうかやらうかと言う妖怪が出てくる。こちらは出水を予言する厄介な怪(ヤロカ水)だが、同項には同じように話しかけてきて、答えるとどっさり小判をくれる怪の話もある。

これを付喪神(長く使ったものが化けること)と捉えた金小僧はとても面白い。

 

小さ子

第3話「寿海の巻」にて、医師の寿海は流れ着いた赤子の百鬼丸を見つけ、育てる。やがて大きくなった百鬼丸は、自らの体を取り戻すため妖怪退治の旅に出る。これは桃太郎や一寸法師などに代表される「小さ子」のモチーフである。

【アニメ考察】『どろろ』と民俗学的モチーフ 後編 - エウレカの憂鬱

 

妹の力(いものちから)

第4話「妖刀の巻」では田之助とお寿志という兄妹が出てくる。

妹の力(いものちから)という言葉のため妹限定の能力と勘違いされることもしばしばある。ちなみに妹萌えとは関係ない。

妹の力は柳田國男が著作『妹の力』のなかで提唱した説である。

妹とは、母、姉妹、妻、恋人など身近な女性が男性を守るために発揮する霊力のことである。古来祭祀に関しては女性が受け持つことが多く、その理由は男性が統治や武力に長けるのに対し、女性は霊的な力に長けていると考えられていたからである。かの邪馬台国卑弥呼も宣託による統治を行い実質の政治は弟が担っていたとされるし、倭建命の東征の折霊的な力でそれを助けた弟橘比売命は、一説にはやはり巫女であったとも言われている。

作中、兄を健気に思い続けた妹お寿志であるが、妹の力を発揮することができず田之助を救うことができなかった。

私はその理由を彼女が髪を切ってしまっていたからと定義してみる。

彼女の髪が短かったのは、荒れた掌とともに髪を売る(当時は売られた髪で鬘をつくっていた)ほど困窮しているという描写だろう。が私はここで髪、特に女性の髪というものには強い霊力が宿るといわれていることに言及したい。

船舶の霊格である船霊の依り代(神様が宿る場所)に女性の髪が使われるというのは有名であるし、近代出征する兵士達が近しい女性の髪をお守りにしていたことからも、その信仰の強さが窺いしれる。お寿志は呪力の源である髪を失っていたため兄を救えなかったのである。

 

ちなみに主人公百鬼丸にも彼を守護する3人妹の力が存在する。

1人目はもちろん、観音様にお祈りをし百鬼丸が完全に鬼神に殺されるのを防ぎ彼を生きながらえさせた母親、縫の方である。2人目はおそらく次週より登場する慈愛の人みおだろう。そして3人目は

もちろんどろろだ。

 

ひょっとことお多福と鍛治昔

第19話「天邪鬼の巻」。ホッと一息つけるコメディ回で百様こと百鬼丸どろろは折れた刀を持って刀鍛冶を訪ねる。

この刀鍛冶の家にたくさん飾られているのがひょっとことお多福のお面だ。共にひょうきんな表情の面は、作中でも言われる通り、ひょっとこの語源は火男、お多福のふくはふいごを吹くの吹くに通じるため、どちらも火を扱う鍛治や製鉄に関わりが深い。ちなみに古代の鬼と呼ばれ大和朝廷に追われた人々の中には、製鉄民も多くいたという。武器を作れるということが軍事力に直接繋がるため、大きな脅威と見なされたことが見て取れる。