正月のテレビ欄を見たらおや? そこにYAWARAの6文字が。
20年以上前の作品をなぜ今? と思ったが、そういえば来年は東京五輪だ。YAWARAを観ながらオリンピックへの機運を高めようぜ! ということだろうか。
YAWARAは20世紀少年の作者である浦沢直樹氏がビックコミックスピリッツで連載した大ヒット柔道漫画である。
普通の女の子を夢見る天才柔道少女の猪熊柔が恋や友情、そして柔道を通して成長していく物語で、1989年からはゴールデンでアニメ化もされている。
漫画もアニメも今見ても変わらぬ面白さの本作を今回は紹介したい。
●一本背負いの爽快感 ぢゃ!
子供の頃から祖父である猪熊慈吾朗の英才教育を受けた天才柔道少女柔ちゃんはどちらかというと完成型の主人公である。しかしこの柔という人物は、普通のか弱い女の子に憧れており普段は柔道のことを隠して生活している(柔曰く趣味はバーゲン)。
そんな彼女だが普段の鍛錬のせいで事あるごとにうっかり技を繰り出してしまい、この物語の始まりも柔が強盗を投げ飛ばしたのをスポーツ新聞記者の松田耕作にスクープされるというものである。
小さくて可愛らしい女子高生が、大人の男や巨漢の対戦相手らを有無を言わさずバッタバッタと投げ飛ばしまくるのは見ていてとっても気持ちが良い。
●魅力的なキャラクター ぢゃ!
柔には魅力的なキャラクターがたくさん登場する。まずはおしゃべりスパルタ大食い迷惑おじいちゃんこと猪熊慈吾朗。熱血スポーツ記者の松田耕作。あがり症の柔道コーチ風祭進之介。巨漢の女子柔道カナダ代表ジョディ・ロックウェル。冷酷な精密機械系柔道を駆使する作中きってのヒール・女子柔道ソ連代表テレシコワなどなど魅力的な人物がドラマ満点に描かれる。
なかでもわたしが注目するのは柔のライバル本阿弥さやかと大親友の伊東富士子である。
富士子さんはのっぽで、身長のせいでずっと努力を続けてきたバレエを断念したという過去を持つ女性である。男性作家の描く女の友情はそれを愛でる男性の眼差しが入り込んでいて、女性読者が共感できないという生温いものが多い(もちろん女性作家の描く男の友情も同様である)。それに比べると富士子さんと柔ちゃんの友情にはスポ根もの特有の泥臭い熱さがある。ともすれば自分の友人関係についても良い意味で見直す機会になるかもしれないようなそんな素敵な友情である。美人でもナイスバディでもない(作画の上でも)、まさに普通の女キャラをここまで魅力的に人間的にかっこよく描けるのはさすが。
本阿弥さやかは美人で金持ちだが、傲慢で自尊心が高く負けず嫌いの典型的な嫌な女系ライバルとして登場した。はいはい、そういう系の人ね、と思っていた読者も話を進めるごとに彼女のことを結構好きになってしまうという不思議なキャラである。
もちろん性格の難は最後まで変わることがないのだが、作中では彼女が柔に負けないために血の滲むような努力を裏で重ねる様が描かれて続ける。
面では常に自信満々な偉そうな物言いをするのだが、その自信を裏付けるだけしっかり努力をし続ける、また負けてもけして諦めない不屈の精神を持っており、けして弱音を吐かない。こんなかっこいいライバルキャラを嫌いになれるはずがない。
このように魅力的なキャラクターがたくさん出てくるのも本作の醍醐味である。
●柔ちゃんをめぐる恋愛模様 ぢゃ
本作は恋愛モノとして読んでも十分に楽しめる作りになっている。
柔の相手候補は2人おり、一人は柔の一本背負いを見て彼女が将来柔道界のスターになると確信して追いかけるスポーツ新聞記者の松田耕作、もう一人は本阿弥さやかのコーチであるハンサムなプレイボーイ風祭進之介である。そこに松田に叱られたのをきっかけに惚れて猛アタックをしまくるカメラマンの加賀邦子と風祭を慕う?本阿弥さやかがからんで、高橋留美子のラブコメ並みの複雑さになっているのも面白い。とにかく松田さんが不器用ながらなかなか良い(内面)男なのだが、当初の柔はイケメンの風祭さんにばかり懸想してしまい読者をやきもきさせる。そんな彼らの恋を応援しながら見るのも楽しい。
恋愛を軸に読み進めれば結構キュンキュンくること間違いなしである。
●当時の世相を体感できる ぢゃ!
作品の舞台はバブル景気に沸く日本に始まる。柔たちのファッションやヘアスタイルなどはもちろん、アッシー君、ディスコ、接待ゴルフ等バブル期当時の風俗が目一杯描かれている。しかし物語途中でバブルは崩壊、柔たちの世代まで引く手数多だった就職が、後輩のときには会社が倒産したりで就職難になるなど明確に世相を反映している。作中に影響を与えているものの一部を以下に紹介する。
・バブル景気→バブル経済破綻
・ユーゴ大会→ユーゴ内戦勃発
・冷戦終結→ソ連の崩壊
そしてソウル五輪からバルセロナ五輪へ
などなど、80〜90年代前半当時を肌感覚で味わえるのも魅力の一つである。
●ファッションを楽しむ ぢゃ!
柔ちゃんはバブリーファッションど真ん中にもかかわらず、今でも通じる普遍的な可愛さがある。
そんな柔のファッションショーを堪能するのに最適なのがアニメ『YAWARA!』のオープニングだろう。
初代オープニングである『ミラクルガール』は永井真理子のボーイッシュな歌声に乗せて柔が七変化する。
可憐なミモレ丈のスカートもあればボディコンシャスもあり。派手柄スーツ、大きなサングラス、真っ赤なリップにゆるめのシニヨン。大柄シルエットのアウターにメンズライクなブルゾンなどなど、近年再燃の兆しを見せている80年代スタイルをまるでファッション雑誌をめくるかのように楽しめる。
途中挟まれるわたせせいぞう風やしの木のシーンなんかもいかにもトレンディという当世風ながら今見ると逆に目新しくも感じられるから不思議だ。
とりあえずアニメを見るべし ぢゃ
本作のアニメはOP、EDのクオリティが大変高い。
先述したが高校生の少し背伸びした柔の描写がオシャレで可愛い永井真理子の『ミラクルガール』、演出のオシャレさと少し大人になりかけた柔の可愛さにさらに磨きがかかり、まるで上質なMVのような今井美紀の『雨にキッスの花束を』、原坊と小林武史のタッグにサザンファンなら必見のポップはナンバー『負けるな女の子!』(ちなみに同じく原由子が歌うEDの名曲『少女時代』は桑田佳祐も参加している)、作品がオリンピックに向けて盛り上がっていくのに呼応するようにスペインを旅する柔。まるでJALのプロモかと疑ってしまうほどの爽快感と旅愁溢れる永井真理子の『YOU AND I』など単体のMVとして見ても十分な満足感を得られるOP。ED曲は高らかに女子の楽しさを歌う元気なOPとの対比で、しっとりとしたバラードナンバーが多くアニメで盛り上がった心を優しくクールダウンしてくれる。こちらも名曲揃いで、個人的にはLAZY LOU's BOOGIEが歌う『いつもそこに君がいた』の切なさと透明感は青春ソングのなかでもトップクラスだと思っている。
OPED以外でアニメの何がいいかといえば、柔道のアクションはもちろん、柔たちに声がついたことだろうか。
やわらかいが芯が強い柔の声は、『ドラゴンボール』シリーズでビーデルとパンを演じた皆口裕子、優しく柔を見守る松田は『忍たま乱太郎』の土井先生で有名な関俊彦が演じている。風祭役には『シティハンター』のリョウなど主役の声を多く演じる神谷明が担当した。
滋悟郎役に永井一郎、松田のバディカメラマン鴨田に茶風林と新旧波平を演じる両雄が魅力的な演技を見せているのも必見である。
とくに滋悟郎おじいちゃんの食いっぷりと「やわらー!!」の怒鳴り声はアニメの一番の見どころといっても良いだろう。
現在BS11で毎週2話ずつアニメが放送されている。途中なぜかテレビショッピングが挟まっておりターゲットが明らかに当時の視聴者層なのだろうなと予想されるが、今見ても十分面白いだろう。
やはり原作が至高 ぢゃ
アニメが合うようなら是非原作を手にとってみてほしいところである。
やはり見所は柔道の試合だろう。
アニメで動きがつくのはもちろん素晴らしいが、この漫画という媒体での息もつかせぬ攻防は読者をワクワクさせるのには十分すぎるほどである。
とくに終盤戦の死闘は、読んでいるこちらまで息を張り詰めて緊張してしまい、同時に本当にテレビで試合を見ている感覚そのままの感動を味わうことができるだろう。
私のベストバウトは本阿弥さやか戦、テレシコワ戦、そしてジョディ戦である。
読んだ者ならきっと異存はないはず笑
トレンディな恋愛ものとしても、熱いスポーツものとしても何重にも楽しめる本作。
ぜひ手にとって、世紀の決戦である最終戦、そして柔の恋の決着にもなる感動の最終回を見届けてほしい。
YAWARA!を楽しめた人にオススメ本
熱い試合に感動したなら……
『SLAM DUNK』井上雄彦
言わずと知れたバスケ漫画の金字塔。息もつかせぬ試合シーンと軽妙なギャグパート、キャラクター。控えめに言って最高だ!
恋愛パートにグッときたなら……
『めぞん一刻』高橋留美子
こちらもすれ違い上等、80年代ラブコメの傑作。柔と松田、風祭の関係は、管理人さん、五代、三鷹の関係とよく比較されている。これもほんといい漫画ですよ。
浦沢直樹に興味が湧いたら……
浦沢直樹は全く毛色の違う作品をいくつも描いている。スポーツものもあるが、わたしのオススメは、考古学ものの『マスターキートン』とミステリものの『Monster』。どちらもアニメになっているので、アニメで観てみるのもいいかも!