エウレカの憂鬱

音楽、映画、アニメに漫画、小説。好きなものを時折つらつら語ります。お暇なら見てよね。

【アニメ紹介】『ちびまる子ちゃん(1990〜1992)』ほんとのまる子はブラックでシュール!

わたしは何を隠そう静岡県民であるので、この作品をあげないわけにはいかないだろう!ということで今回挙げるのは『ちびまる子ちゃん』である。

といっても今放送されているものではない。ちゃんと笑えて泣けるちびまる子ちゃんを自信を持って紹介しようと思う。

今でこそ国民的主人公になったちびまる子ちゃんだが、実は現在放送されているちびまる子ちゃんは2期になる。
少女雑誌りぼんで始まったさくらももこ原作の「ちびまる子ちゃん」。りぼんらしからぬ攻めた笑いと、りぼんらしからぬ独特の絵柄、そしてりぼんのくせにおっさんほいほいな70年代のノスタルジー満載の作風で人気を博した。
1990年からはアニメ第1期が始まり、バブル期前後の疲れた人々に笑いと癒しをもたらした。

この1期ちびまる子ちゃんは、子供向け番組のくせにブラックさとシュールさナンセンスさを潜ませた恐ろしい作品である(褒め言葉)。
初期忍たま乱太郎(これもなかなかマニアックで、関西らしい激しめのツッコミと開き直ったギャグが面白かった)といい、初期の面白い作品が長寿作品として均されて毒にも薬にもならないものになってしまうことに寂しさを感じる今日この頃である。

○人間臭い、だから面白い
まず魅力的なのは登場人物たちの人間味あるやりとりや言動である。
長期作品なので仕方なくもあるのだが原作も途中からキャラクターに設定をつける方向にシフトてしまい、現在のアニメの登場人物たちはこの潮流にいるといえる。
初期のまる子は今のまる子の比ではなくばかでお調子者である。
じいちゃんを騙して金をせびり取る。金持ちの花輪くんを羨んですぐ真似する。わりと性格が悪い(初見の女子高生を心の中でブスと罵倒)など、およそ子供向けとは思えぬ言動も多くある。別の言い方をすれば人間臭いのである。人間臭いダメな部分をたくさん見てるから、いい話のターンになると余計に心に染みるという相乗効果になっている。キートン山田のツッコミがまたいい感じに毒を吐いて追い討ちをかけてくるのも良い。

ちびまる子ちゃんとは自虐の笑いである
放映当時バブルの時代のめまぐるしい流行は常に東京にあった。トレンディドラマなどに大多数の地方民たちは忸怩たるものを感じていたのではないだろうか(世代じゃないので、あくまでも推察だが)。
初期まる子は貧乏ネタ、静岡のローカルネタ、どうしようもない失敗談をあますことなく笑いにしている。つまり自虐の笑いである。
この自虐の笑いが都会にコンプレックスを抱いていた大多数の地方民たちに刺さったのではないかとわたしは推察している。
個人的に『サザエさん』は好きだし今でもそしてこれからも観てしまうのだが、正直あまり笑えない(四コマならいざ知らず、本編は笑いを求める内容ではないが)。
その底辺に、東京の一等地に住み(もとは九州だが)いい企業に勤め〜以下略というサザエさんの設定に共感を得られないというのもあると思っている。まあ、地方民のやっかみである。
そもそも原作は本来エッセイ漫画だったので、まる子がリアル地方民だったというのは証明されているわけである。だからまる子のバカな行動や子供時代の懐かしいエピソードにも多くの人が共感できるし、同じカースト目線で気兼ねなく笑うことができる。
まあ、これは少し卑屈になりすぎた見方かもしれないけれど。

ちなみにわたしの一番好きな話は「うちはびんぼう」である。これも容赦ない怒涛の貧乏自虐ネタである。


なんだか紹介というか分析になってしまったな。
そのうちオススメ話を個別に書こうと思う。この紹介じゃイマイチ魅力を説明しきれなかったので、詳細はそちらで熱く語りたい。


★アートな世界観の中毒になるべし
最後におまけで。
原作初期東南アジアやインド・アラビアのエキゾチズムへの憧れ、今は消えゆく昭和文化へのノスタルジー、少女趣味に70年代のサイケとヒッピー文化、ナンセンス。これらが絶妙に入り混じった中毒性の高いの世界観はもはや芸術の域である。一見の価値あり。

ちなみに初期まる子が合う人は、同じさくらももこ作品『コジコジ』を読んでみてほしい。リミッターを外したのか、ブラックとシュールとナンセンスが留まるところを知らない狂気の世界を見ることができる。

 

ちびまる子ちゃん全集DVD-BOX 1991年

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