近藤ようこ氏の作品は不思議な魅力を持っている。
極力省かれた線や曖昧な背景、まるで
学生時代ノートに書き綴った漫画のような作画など、最近の書き込まれた漫画に慣れたものにはいささか物足りなく感じられるかもしれない。
しかし読んでみれば、その漫画の白い背景空間から滲み出る色彩、ペンの息遣いを十二分に感じる人物の表情や仕草に宿る感情に驚いてしまうのである。
近藤ようこさんといえば古典や中世の説話や説経節を原作やヒントとした物語を多く描いており、今回紹介する『水鏡綺譚』もそのひとつだろう。
●中世日本の不思議な妖譚
妖の跋扈する中世に生きる少年少女が主人公の『水鏡綺譚』は、のちの高橋留美子さんの『犬夜叉』に影響を与えた冒険活劇(なんと二人は高校の漫画倶楽部の仲間!)で、おどろおどろしさとともに独特の無常観が漂う不思議な作風である。手塚治虫さんの『どろろ』から政治思想を抜いたうえで、女性独特の柔らかいタッチにした感じだろうか。
●あらすじ
山犬に育てられ、立派な人間になるために旅をする修験者の少年ワタルは、ひょんなことから心をどこかに落としてしまった不思議な少女鏡子と出会い、少女を無事に家に帰すために連れ立って旅を始める。本作はそんなふたりの前に古狐や松の精などの妖や怪異が現れるというロードムービーである。
●無常の中に優しさが灯る独特の世界観
登場人物の持つ仏教思想の色濃さは、現代の考え方に沿うように登場人物が動く昨今量産されるファンタジーとは一線を画し、それ故か独特の無常観やそれとは逆のエネルギッシュさや優しさに溢れている。まさに説経節などを得意ですら作者の真骨頂といったところだ。
基本的には1話完結の本作であるが、物語で重要なファクターとして登場するのが「因果からの解放」と「生まれ変わり」だろうか。
主人公のワタルは狼に育てられ立派な人間になるために旅をしている。また登場人物の多くが作中でそれぞれの因果を断ち切って生まれ変わるという選択肢を取っており、特に八百比丘尼の回ではさらに明らかな形で描かれる。
同作者の『五色の舟』では新しい世界に生きるものが過去を見つめるのに対し、本作は少年漫画らしい明日への希望で溢れており、そこにちょっぴり潜む悲哀がまた胸を切なくさせるのである。
近藤ようこさんの作品の中でも比較的読みやすいので、入門書にぴったりの一冊。
近藤ようこさん好きに個人的オススメ
『五色の舟』
津原泰水さんの同名小説幻想小説戦時中の広島を舞台に、川辺の舟で暮らす見世物小屋の一家の物語。
怪しく哀しく、そしてとても愛おしい。
『妖霊星 しんとく丸の物語』
中世説経節を現代的な解釈で蘇らせた意欲作。中世的な世界観を堪能できる。
姫が業病にかかった身毒丸を背負い岩清水へ向かうシーンは、人物と天王寺の配置などまさに空白の美の極致。
水鏡綺譚の世界観が好きなら
言わずと知れた妖怪漫画。高橋さんは文庫版本書の寄稿にて、水鏡奇譚の続きを知りたくて犬夜叉を描いたと書いている。
巨匠の妖怪漫画。少年百鬼丸とどろろが体の48箇所を取り返すため妖怪退治をしながら旅をする物語。2019年版のアニメも合わせて是非見て欲しい。