エウレカの憂鬱

音楽、映画、アニメに漫画、小説。好きなものを時折つらつら語ります。お暇なら見てよね。

【映画紹介】『スワロウテイル』90年代の都市幻想

本作は1996年に岩井俊二監督により製作された邦画である。

混沌として暴力的な世界観ながら、不思議な透明感に溢れた魅力的な群像劇となっている。

 

○モラトリアムの物語

よく(悪い意味で使う場合の)雰囲気映画の代表のように言われるのを見るが私はそうは思わない。
設定や舞台こそ大分漫画チックであるものの、描かれているのは、大都会で故郷も寄る辺もない蒼氓がどのようにして居場所を見つけアイデンティティを確立していくかであり、若者の夢や挫折を描く青春群像劇でもある。アゲハを中心にしっかりと個々の心の動きの描写もあり、この映画にはしっかりと訴えるテーマが含まれているだろうと思う。

バブル崩壊後の不況の只中で、人生ハードモードなロストジェネレーション世代の若者が溢れた当時、夢やお金、諦め、必死に生きる作中の登場人物たちにシンパシーを覚える人も多かったのではないだろうか。

○猥雑なネバーランドとしての円都

それはそうと、やはり作品の空気感が良い。
香港などアジアの都市をモデルにしたような多国籍で猥雑な雰囲気と、バブル時代に溢れていたであろう日本のエネルギッシュさが溶け合った独特の都市イェンタウン(円都)。
イェンタウン(円盗)と呼ばれる移民の登場人物たちは英語中国語日本語などをごちゃ混ぜになった言葉を使っているのもおもしろい。
混沌としていながら透明感に溢れている世界観は香港の王家衛に通じるものがあるが、王家衛作品の色彩が滲むような湿度を感じる映像に対して、岩井俊二作品はどこかくすんだ埃っぽいような色味が特徴である。日本の空気は海外の他の気候帯に比べると少し霞がかったような色合いになるので、それが反映された本作の映像は、多国籍感はありながらもやはり日本を感じさせる。それよりも作品に流れる自由の雰囲気こそが両者が似て感じる箇所なのかもしれないと思った。
仲間のランの営む都市の僻地の空き地の店「青空」の、あの誰にも縛られない清々しい佇まい。
映画当時の、あるいはそこから続く現在の日本の都市の閉塞感を知るからこそ、治安は悪くとも自由なあの世界観に憧憬を抱くのかもしれない。

○当時の人気俳優たちの名演

移民の物語といってもメインの登場人物は多く日本の俳優が演じている。
主役のアゲハを演じている伊藤歩は、加工されていない透き通った美しさがある。
際どいシーンも演じたその女優根性素晴らしい。
グリコは歌手のCHARAが演じているのだが、アゲハとは違う妖艶な美しさがとても魅力的。なによりもあの甘さと切なさが共存する独特の声は他の誰にも出せないだろう。
グリコの恋人フェイフォンを演じた三上博史、青空の店主ランを演じた渡部篤郎(この役がまたとんでもなくかっこいいんだ!)や、マフィアのボスを演じた江口洋介山口智子桃井かおり、小橋健児、大塚寧々などが演じる脇を固めるキャラクターも皆魅力的。
彼らにはそれぞれの物語があり、本作スワロウテイルはその交差路を切り取った映画ということなのである。

○センチメンタリズム溢れる名曲

主題歌の「スワロウテイルバタフライ」を歌うCHARAをボーカルに据えたイェンタウンバンドは作品から飛び出し現実でデビューしている。小林武史が最も脂の載っている90年代の楽曲で特にストリングスラインのアレンジがかっこいい。

粗削りさも魅力の憧憬溢れるスワロウテイル
オススメ。

 

スワロウテイル好きにオススメ】

王家衛監督『恋する惑星

返還前の香港を舞台にした2組の男女の恋模様をスタイリッシュに描いた本作。撮影監督クリストファー・ドイルのカメラがとらえた返還前の多国籍で猥雑な香港の自由で瑞々しい空気感は必見。肌に合う方は続編に当たる『天使の涙』でさらにアングラな香港に潜ってほしい。

 

スワロウテイル

スワロウテイル

  • 発売日: 2014/06/20
  • メディア: Prime Video