エウレカの憂鬱

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【漫画考察】『ゴールデンカムイ』尾形百之助 補足〈尾形は救われたか〉

※未単行本話のネタバレあり

本稿【漫画考察】『ゴールデンカムイ』尾形百之助 1/3 近代国家の迷い子たち② - エウレカの憂鬱の補足です。

 

尾形は救われたか

漫画としては畳み掛けるような展開も怒涛の動から静のコマ割りも含めて、実にカタルシスに満ちた素晴らしい結末を魅せた尾形。

本稿で尾形について「永遠に得られぬ母の愛、罪悪感、自らの無価値感」の否定が行動原理であるとして、さらに尾形を救うのはアシリパと論じたが、結論としてはどうだったであろうか。

最後は自らとの問答で、愛を求めていた自分の深層心理と押し込めていた罪悪感を発見することで、自らの無価値観から脱却するという救いを経てなお、壮絶な自決へと至っている。

尾形がアシリパを光と喩えたことから、やはりアシリパに無意識にでも親愛を向けていたことが分かる。しかしアシリパの光に杉元のように浄化されなかった理由は勇作だろう。

17巻で尾形がアシリパを勇作と重ねはじめたのは、偶像としての父の子として重ねたと思われていたが、その実アシリパの献身と無性の愛を受けて、勇作が尾形に向けていた親愛を再認識したからであった。

求めても愛を与えてくれなかった母親の殺害という原罪(母への愛情故の父への試し行為)への罪悪感を押し込めるため作り上げた「罪悪感を感じない欠けた存在」としての仮面は、尾形を罪悪感から守るが「愛されることのない無価値な生(祝福されない)」という自己評価を強調するものとなった。ここで尾形の中で「罪悪感の欠如=無価値」という図式ができてしまった。「愛されなかったから罪悪感がない」とは「罪悪感があれば、母を殺さなかった。殺したということは罪悪感がないから」ということになり「罪悪感がないような自分の存在は祝福されない無価値な生」となるというどちらに転んでも救われない負のループになってしまう。

尾形はこの負のループを脱却するために「罪悪感がない」ことと「無価値観」を必死に分離しようとする。戦場という内集団バイアス(味方を敵より優先する心理)による殺人への罪悪感の摩耗が「みんな罪悪感はない」という思考を助長したと考えられる。

しかし作品の回想を見ていると尾形はここでも宇佐美相手に罪悪感問答をしている。つまり戦場においても実は深層心理では罪悪感に囚われているということである(杉元や他の兵士と同様に)。尾形がそれを器用に割り切れないのは、戦争殺人の延長に上記の原罪があったからに他ならない。

「祝福された価値ある生」を持つ勇作との出会いも深く関連している。勇作の存在自体が、尾形の無価値観を助長するからである。そのため勇作殺害という尾形にとっての2度目の大罪を犯してしまったといえる。

さて、最新話で、尾形は勇作からの親愛をしっかり自覚していたと判明。

本来これは「愛されなかった自分の無価値感を否定」する喜ばしい事態のはずである。

しかしそこに自分の境遇と対比するような勇作という価値ある存在への嫉妬心と敵愾心があったがために、尾形は素直に愛を受容することができなかったのだ。

勇作殺害は尾形の無価値観と罪悪感をより強く結びつける。勇作の愛を自覚してしまうとその親愛を踏み躙って殺害をしてしまった罪悪感を認めることになるからである。

またもし、尾形が勇作の愛を受け自らも実は親愛の情を持っていたとするならば、勇作殺害は自らの罪悪感を認め、自分がまともであると認識するための試し行為の側面もあったのかもしれない。

結果はご存知の通り、重すぎる罪悪感に耐えられず、より強く「罪悪感を感じない欠けた存在」という仮面に依存しなければならなくなるという更なる歪みへと陥ってしまった。

そこからの尾形は本稿で論じた通り、虚無の証明という破滅に奔走することになる。

アシリパとの交流と親愛は尾形の罪悪感の自覚を促した。罪悪感の自覚は、原罪である「母親殺害」の過ちを改めて自省させ、かつて尾形が勝手に作り上げた「罪悪感の欠如=無価値観」の公式から逆に「罪悪感を感じる自分は、欠如のない愛された普通の人間であった可能性」に気づかせたのである。

尾形の自決は諸氏さまざまな感想を持つと思うが、気づいたこれまでの過ちや罪悪感(父母殺害、勇作殺害、日露戦争をはじめとするあらゆる殺人、アシリパの殺害未遂)の重さに耐えきれず崩壊寸前の自我の最後の尊厳を守る為の自殺だろう。

これだけみるとなんとも哀れに思えるが、脳内問答での子供の尾形の「ああ、でも、よかったなぁ」という呟きが全てではなかろうか。

生まれてこの方、愛されずに生まれて否定され続ける自分の生の意味を探していた尾形にとって、逆説的にでも父母の愛情の発見という〈祝福〉を得て自分の生に意味があったと思えたことは、救われたといっても良いのかもしれない。

尾形というキャラクターは構造が複雑で、本当に考察しがいがあって面白いですね。

ということで、補足②に続く