エウレカの憂鬱

音楽、映画、アニメに漫画、小説。好きなものを時折つらつら語ります。お暇なら見てよね。

【漫画紹介】ペリリュー〜楽園のゲルニカ〜

昨日は8月15日の終戦記念日だった。

太平洋戦争終結から77年。今年ある戦争マンガが完結した。

自らの闘病を綴ったエッセイ「さよならタマちゃん」で有名な武田一義氏の漫画「ペリリュー〜楽園のゲルニカ〜」である。

水木御大をはじめ、戦争を知る漫画家世代が少なくなる中で、その悲惨さをどのように次世代に繋げるのかという命題に真っ向から取り組んだ本作は、戦争を知らない世代が描く戦争マンガでありながら、怖い、苦しい、加虐と被虐の歴史等近年忌避されがちなテーマを万人が読めるように間口を広げた作品でもある。

 

○かわいい絵柄によるリアルな戦争

一見矛盾した挑戦的な試みである。

ちびまる子ちゃんのような愛らしき絵柄が特徴の本作。これは戦闘による人体欠損や無残な情景のショックを緩和するために本作が用いた技法である。劇画タッチであり人体をリアルに描いた水木しげる「総員玉砕せよ!」を読むのには相当な覚悟が必要だが、ちびキャラ、ゆるキャラに慣れ親しんだかわいい文化の日本において親しみやすいキャラクター造形をした本作は、絵柄による忌避感を薄め、誰でも低いハードルで読むことができる。

とはいえ、欠損や戦死者、極限状態の描写に妥協は一切なく、背景もまた写実的である。

本来我々が読み進められないほどの戦争の悲惨をしっかりと伝えながら、キャラクターたちは尻込みする現代の読者を、いとも簡単に物語世界の深くに誘ってくれる。

 

○つい読み進めてしまう物語の面白さ

戦争マンガに面白いというのは不謹慎にあたるかもしれないが、そもそも学習漫画ではなく連載漫画である本作は、ストーリーの進め方に余人を惹きつけるための工夫が随所になされている。

物語のメインはサバイバルである。

玉砕と特攻ではなく持久戦が求められたペリリュー島の戦い。主人公たちが米兵に見つからないように潜みながら、どのように食糧と水を確保するかという問題、どうやって地獄の戦場を生き延びるかという姿が、戦局や仲間達の関わり・生死と共に描かれる。

漫画としての構成が大変上手い作品なので、そんな彼らがギリギリで生き延びる姿をハラハラしながら次はどうなるのか、大丈夫なのかとするする先まで読み進められてしまう。次項で紹介する主人公の田丸くんがとてもいい奴なので彼を心配しながらついつい読んでしまうのである。

 

○キャラクターたちの関係性に熱くなる

主人公の田丸くんはメガネでのんびりした顔をした青年。漫画家志望で絵が大好きである。思想とはよくよく無縁な彼は朽ちた戦車と小鳥を見て「うーむ、絵になるんだよなぁ」と言っては自分の不謹慎さに焦るなど、現代にも通じるようなキャラクターであり、我々の分身である。

主人公の親友となる吉敷くんは、田丸と同期でありながら、スナイプが得意で飛び級昇進したほど優秀、勇気と知恵と優しさを併せ持つまるで少年漫画におけるヒーロー型主人公のような好青年。目のぱっちりした顔も作中では比較的イケメンに描かれている。

力を合わせて戦場を生き抜くことを誓う田丸くんと吉敷くんの友情に熱くなる。

さまざまなアイデアで仲間たちの窮地を救う頼りになる青年将校の島田少尉、気が優しいが芯が強い泉くんや気の良い仲間たち。高い戦闘能力で仲間の先鋭となって敵と戦う片倉兵長とその部隊。ねずみ男のようにずる賢く嫌な奴なのになぜか憎めない小杉伍長。

キャラクターの描写に所謂キャラ付け的な描写はあまりなく、いろいろな側面を丁寧に描写することで浮かび上がっくる人間性と関係性が良い。

先程紹介したのはキャラクターたちのほんの一面である。物語が進むにつれて彼らの描写が深まると最初とは違う一面が見えてくるのが、群像劇としても大変面白い。

例えば規律を重んじ米兵や部下の粛清を行ったある人物の出自はお寺である。殺生を禁じる仏家に生まれた彼の心境はいかばかりか等、散りばめられた事実を繋ぐことで新しい発見があるのである。

 

○最後に

本作は専門家の監修のもと実際の戦争体験をもとにしており、ペリリューの悲劇は事実でありながら、キャラクターは半フィクションである。しかし彼らの物語の端々に実際戦争で命を落とした、また傷を負った人々の無念や葛藤が落とし込まれ、命を吹き込んでいる。

現代を生きる我々には当時の人々の壮絶な体験や心の痛みを完全に理解することは残念ながら出来ないだろう。だが、寄り添おうと努力することはできる。

田丸くんや吉敷くんに心を沿わせることで、当時遠い南の島(あるいは大陸や北の海)で命をかけて散って行った人々に心を沿わせることができるのではないだろうか。

 

【ペリリューが好きな人におすすめの漫画】

この世界の片隅に こうの史代

戦時中広島から呉に嫁いできたすずさんという女性の物語。片渕監督による映画も素晴らしいのだが、原作の丁寧な当時の日常と心の機微の描写は、我々にあの時代の追体験をさせてくれる。傑作。