エウレカの憂鬱

音楽、映画、アニメに漫画、小説。好きなものを時折つらつら語ります。お暇なら見てよね。

【映画紹介】『恋する惑星』ビビッドな90年代香港に恋せよ

大好きな映画が4Kレストアになった。

まさか王家衛作品が日本でまた上映されると思わなかったので、嬉しさ余って2回も鑑賞してしまった。

せっかくの4Kレストアにも関わらず観たのは古いミニシアターだった(近くの大型モールの放映は1ヶ月を待たずに終わってしまった!)が、それが逆に雰囲気満点で夜7時からのひっそりとした上映だが大満足だった。

 

わたしの王家衛映画のファーストインプレッションはこの『恋する惑星』である。
小さな子供だった90年代、香港という街に憧れていた。多分テレビでこの映画の予告を見たんだと思う。はっきり記憶にはないけど。
街に突っ込む飛行機。
猥雑でビビッドな色の洪水のような街並み。
フェイウォンの夢中人。
香港という街の妖艶さと爽快感が、混沌と透明感が、懐かしさと新しさが、相反するものが全て共存する不思議な空気感が、心のどこかに焼き付いて憧れになっていたんだと思う。

クリストファードイルの水分を含んだうっとりするような映像、錯綜する男女、わたしが思春期以降だったらもう一瞬でノックアウトだっただろう。

 

役者陣も素敵だ。
ボーイッシュなのに可憐なフェイウォン(彼女の話す広東語の語尾を伸ばすイントネーションもかわいい)とキッチェなのに儚げなブリジットリン。たくましさとフェミニンさが共存する魅力的な女性陣。男性陣はかっこいいのにすごく繊細で、ため息の出るような色気たっぷりのトニーレオンも、初々しい純粋さがキラキラした金城武も、その弱さがとても愛らしい。
男女どちらにも本当に恋をしてしまいそうな、そんな素敵な役者陣の演じる登場人物たちはユニークで、金髪レインコートで怪しい女、パイン缶を食べまくる男、エキセントリックな女、家具に話しかける男と字面だけ見ればなんとも共感し難いように感じる。しかし彼らのその破天荒な行動を純化して浮かび上がる大都会に生きる若者たちの「孤独・恋心」は、なにかと自分を偽ったり躊躇ったりしがちな我々観るものの心にダイレクトに響き、その滑稽なまでの愛らしさ・ピュアさに強いシンパシーを感じさせるのだ。

武侠映画にカンフー、ノアールと強くあれと叩き込まれた香港映画の男たちは、この映画では失恋の痛みに沈み込む繊細な優男として描かれている。フェイは破天荒で明るく見えてその実シャイで臆病でもあり、ブリジットは北京語を話すことや元カレの今カノの描写から、大陸出身者の女一人苦労してこの都会で生きてきたことが窺える。当時大金融国際都市であり膨張と変革を続けていた香港という混沌としたジャングルのような大都会で、そこに生きる出自も事情もまったく違うさながら異星人同士のような彼らが幾度も出会い、すれ違い、恋をする。それがこの『重慶森林』=『恋する惑星』なのだ。

前作の『欲望の翼』の持つオシャレだけれど亜熱帯である香港映画特有のじっとりとした泥臭さが一転、水気多めの空気感は残しつつ都会風にブラッシュアップされた本作は、90年代香港のポップカルチャーと若者像を刹那的にかつスタイリッシュにフィルムにとどめてみせた衝撃作だったのである。

 

ちなみに本作の原題は『重慶森林』英題は『Chungking Express』で、舞台となった香港の多国籍ビル重慶大厦(チョンキンマンション)とフェイの店であるmidnight expressから取られている。これを『恋する惑星』と翻訳した日本人に拍手を送りたい。前作の『欲望の翼』あわせてなんて素晴らしいセンスなんだろう!!

 

まだ観ていない人は、この機会にぜひ。

また本作を観たならばぜひ続編の『天使の涙』も観て欲しい。