エウレカの憂鬱

音楽、映画、アニメに漫画、小説。好きなものを時折つらつら語ります。お暇なら見てよね。

【漫画紹介】『地獄楽』シュールで甘美な地獄絵巻

ジャンププラスで掲載されていた『地獄楽』という漫画をご存知だろうか、

時は江戸時代、不死の薬があるという不思議な島に送り込まれた囚人と監視役が繰り広げるバトルロワイヤル漫画である。

 

 

見どころ①まるで東洋のミッドサマー!華やかで奇妙でグロテスクな世界観に浸ろう!

この物語の魅力の8割はこの魅力的な世界観と言って良いだろう。主人公たちが送り込まれるのは、鮮やかな南国の花々が咲き乱れる楽園のような島。しかし彼らより前に島に送られた人間はどうなったかというと、体中からこの花々を咲かせた死体となって本土に流れ戻ってくる。この一連の話で世界観の魅力を伝えるのには十分ではないだろうか。

鮮やかな花々の生命力と死という、対極にあるくせに親和性の高いコントラストに、本作はさらに道教などのアジア的なエッセンスを組み込むことでなんとも怪しく蠱惑的な世界観を作り出している。

道教とは古代から続く中国の土俗的な宗教であり、不老不死の仙人を理想とする教理が有名。キョンシー映画の道士でもお馴染みのこの道教や風水師などのほか、日本にも早くに流入しており、陰陽師の思想の根底にある陰陽五行説道教の思想だ。近いようで遠いこのアジア的な味付けが絶妙な不可思議さを醸している。

美しい楽園に無垢巨人の如く跋扈する巨大な怪物たちも奇々怪怪。鳥山石燕の「画図百鬼夜行」に出てくる塗仏に似た化け物から、タンノくんのような足の生えた魚、人面蝶、前述の道教寺院にあるような福々しい仙人像のような化け物まで、様々なクリーチャーが登場し、この絶妙な気持ち悪さが唯一無二の世界観を作り出している。

強いて言えば、土俗的な恐怖や剥き出しの性、理解の及ばない気味の悪さに美しい花を添えた狂気のスリラー、アリアスター監督の「ミッドサマー(Mid Sommer)」に似たスタンスだろうか。とにかく美しいのに不快なのである。

作者の賀来ゆうじはわずかな違和感からくる恐怖の描写が抜群に上手い作家である。自分のよく知っているものがどこかオカシイという僅かな違和感の気味の悪さは本作の世界観の特徴である。

 

見どころ②美しい筆致

前述の奇妙な世界観に説得力を持たせているのはその細やかで美しい筆致である。それは本作のキャラクターデザインにも遺憾なく発揮され、それぞれが特徴的かつ美麗に描写されている。本作は道教の修行である房中術なども出てくるものの、絵柄が美しいので下品にならず、女性読者でも肌色に不快感がなく見られることと思う(子供はどうかな〜、年齢を選ぶかもしれない)

 

見どころ③取り入れられた設定から垣間見れる知識とネタの大深海

島の設定の妙はもちろん、本作のキャラクター設定の妙がある。まずは主人公の画眉丸や杠らはいわゆる忍。バディとなる女剣士の佐切をはじめとする山田浅ェ門(一門の名前)は首切り御用人の山田浅右衛門(事実では当主の襲名する名前)がモデルであろう、彼らは死穢を伴う職から正式な武士の身分を与えられなかったとされる。特徴的な外見の子供ヌルガイは作中でサンカであると明言されている。サンカは定住生活をせず、大和朝廷幕藩体制に組み込まれない山の民である。盗賊兄弟はいわゆる無宿人。つまり彼らは皆士農工商の外側にある被差別の立場に属するものが多いのである。非常民や無宿人を主な登場人物に置いた物語はジブリの「もののけ姫」や京極夏彦の「巷説百物語」が有名だが、本作も(架空ではあるが)江戸時代ものでは異色の設定の部類であるだろう。作者は民俗学文化人類学などに造詣が深い人であると見た。とにかく作中の小ネタや設定を深掘りしていると作者が忍ばせた思わぬ知識の金鉱に当たったりして面白いだろう。

 

見どころ④先の読めない物語の魅力

世界観と合わせて本作の見どころといえば、先の読めない物語。本作はキャラクターの内面自体は少年漫画然とあっさりしているが、そのストーリーは実に芳醇。謎が謎を呼ぶ物語に、道教の設定をうまく組み込んだ敵方の特性や戦闘描写など、描かれたエッセンスがしっかりと物語の芯に関わってくるのは好感が持てる。

 

まとめ

4月からアニメになるということで、あの千変万化の不気味な神仙世界が今から楽しみだ。

今からでも、ぜひ漫画も手に取って欲しい。