エウレカの憂鬱

音楽、映画、アニメに漫画、小説。好きなものを時折つらつら語ります。お暇なら見てよね。

【小説紹介】『残穢』これは怪談小説の極みである

絶対に家に置いておきたくない本。

残穢』を検索すると必ず出てくるのがこの言葉である。これは元を辿れば、本作が山本周五郎賞を受賞した際の審査員の言であるのだが、読んだものはその理由を十二分に理解できる。

そう、本書は本当に家に置いておきたくなくなるのである。

残穢という背表紙が見えるだけでもう駄目だ。もう怖い、もう、何か、良くない。言葉ではなく心の奥底がぞわりぞわりとする感覚、これこそが残穢という作品の本質なのだろうと思う。

わたしは作者の小野不由美さんの大ファンなので本棚の小野不由美コーナーに十二国記と並べて堂々と置いているのだが、これがふと意識の端に登るとやはり怖くなってしまう。

 

●あらすじ

小説家の主人公である私は、読者から怪談話を集めている。ある時読者の久保さん(仮名)から、家の中でサッ、サッと箒で履くような音がするが、見ると誰もいないという手紙を貰いふと既視感に襲われる。かつて別の読者からの手紙でも同じような内容のものがあったのである。気になって調べると久保さんとその別の手紙の主は同じマンションの別の部屋に住んでいたということがわかる。

久保さんと調査に乗り出した私だが、同じマンションのあちこち、別の階、別の部屋で同じような、あるいは別の怪異が現れていること、また不幸が起きていることが発覚する。

怪異から逃れるように引越しをした久保さんであるが、彼女の新しい部屋で再びあの音が聞こえるようになって……。

 

箒で履くような音

天井に揺れる"ブランコ"

畳の端に見えた着物の帯

現れては消える赤子の顔

床下を徘徊する者

地の底から聞こえる轟々という音と叫び

 

私と久保さんはマンションのあった一帯の土地の来歴を調べて行くことになる。

高度経済成長期、昭和、大正

土地とそこに住んだ人を介し運ばれて増殖していく怪異はやがてある一つの身の毛もよだつ怪談へと収束する。

 

●この怪談は、触れれば最後

この作品は主人公である私の淡々としたドキュメンタリータッチの一人称が特徴である。主人公が語るという点で、この作品はホラーではなく怪談だ。

百物語や圓朝の落語、稲川淳二白石加代子に代表とされる所謂怪談話を収集し、日本古来の穢れの概念を絡めて分析するドキュメントである本作の語り手は一見して怪異の外側にいるかのように思われる。最初、読み始めた読者は私と一緒に怪異の謎を冷静な安全な世界から追っている、つもりになる。

しかし読み進めているといつのまにか読者自身も怪異に感染していると気がつくのである。

気付いた時にはもう遅い。

決して逃れられない。

残穢を家に置いておきたくないという冒頭で紹介した言葉は、このことを如実に表した言葉なのである。

 

●【読者前に読んでほしい】残穢に触れやすい人の特徴

残穢の感想は、とても怖かったというものと、まったく怖くなかったというものに分かれる。

先ほど本作をホラーではなく怪談であると書いた。

ゆえにこんな人は本作には向いてないだろう。

怪談に必ず因果を求める人は向いていない。また映画の貞子や伽倻子などの直接的な幽霊ないしクリーチャーが襲ってくるなどの、お化け屋敷のような派手な刺激を求めている人は本作を読んでも楽しめないだろう。

本作の魅力は日本らしい、じめじめしてまとわりつくような静かな恐怖である。

卓越した文章力と構成により淡々と語られ続ける怪談の積み重ねにより、うちなる恐怖心を増幅させるという大変高度で容赦ない仕掛けが本作の最大の特徴といっても良い(さすが主上)。つまり恐怖は読む人間の想像力に比例して果てしなく広がるのである。

あなたが夜の廊下の奥の暗がりに何者かの視線を感じるような想像力逞しい人であれば、確実に残穢に触れてしまうだろう。読む際は気をつけた方が良い。トイレも済ましてから読むべきだ。

 

残穢を読む前に必ずこれを読了すべし

残穢には別出版社から同時期に発売された姉妹本がある。それが同じく小野不由美さん著『鬼譚百景』である。

こちらは百物語の体裁をとった九十九話の短編集である。そこまで怖くはないが、時折ぞわりと背筋が粟立つ怪談が揃っている、単品としても優れた怪談本である。気軽に読めるので残穢を読む前に、是非本作に一通り目を通してほしい。

特に文庫本でいう109pの「お気に入り」、296pの「欄間」を読んだ上で残穢を読み始めることをお勧めする。

 

理由は、あえて言わない。

 

 

●個人的な感想

個人的に『祝山』も『ぼぎわんが来る』もあまり怖くなかった(もちろん、どちらも面白かったけどね)。

最初こそ恐怖を感じる点はあるものの、やがてなんとはない嘘臭さにすっと冷めてしまい、それからは作りもののエンタメ小説にしか見えなくなってしまうのである。怪談とは読む、あるいは聞くもののすぐ近くに恐怖を感じさせてなんぼであると思っている。閉鎖された空間で耳から半強制的に流し込まれると落語などの語りの怪談とはまた違い、読者のペースに任される読む怪談は、読者をその世界観から逃さない相当な作者の技量が要求されると思っているが、そのあたりはさすが小野不由美さんである。

客観的だったはずなのにいつのまにか自分も取り込まれている恐怖。今まで読んだ中で個人的には『残穢』が最も怖い本である。

これを書いている昨日今日で、原因不明の体調不良に襲われて、そのタイミングに恐怖したのは内緒だ。

余談だがこの残穢竹内結子さん主演で映画にもなっている。しかし映画は語りで恐怖させるという怪談としての本作の魅力が完全に削がれていて怖くないのであまりオススメはしない。

 

ちなみに残穢の主人公の私は、明らかに作者の小野不由美さんである。少女小説執筆時に怪談話を集めていたというが、これは作者がティーン小説『悪霊シリーズ』を書いていた時期のことだろう。作家の夫(明らかに小野さんの夫の綾辻行人さん)のほか実在の作家名が何名か登場している。

そして、

本作中でもあとがきやコメントにおいても、本作を完全なフィクションと断言している記述は、見当たらない。

 

 

残穢の怖さが好きな人にオススメ

三津田信三『ついてくるもの』

取材を基にしたという怪談集。なかなかに怖かった。

これを読んでから藪知らずという言葉が怖くて仕方がない。

小野不由美さんのオススメホラー

『営繕かるかや怪異譚』

古い城下町を舞台とした怪談集。

そうでもないと思ったらじわじわ地味に怖いので注意。『蟲師』の漆原友紀さんの表紙がまた素敵。

屍鬼

古い村を舞台に起こる怪奇事件を描く本作。文庫なら五冊と、中々分厚く読み応えがあるが一度ハマると一気に読んでしまえるほど怖面白い。

以前『封神演義』の藤崎竜さんが漫画化していたのでご存知の方もいるかもしれないが、漫画で読んだ人も是非原作に手を出してみてほしい。

魔性の子

小野不由美さんの代表作『十二国記シリーズ』の前日譚。そうとは知らずに単体で読むとけっこうな恐怖描写。小野不由美作品の入門にはぴったり。

 

漫画で怖い話を読みたい人にオススメ

いなだ志穂『ゴーストハント

原作者は小野不由美さんなので間違いはない。理詰めにされた小気味好いストーリー展開とキャラクターが光る怪奇漫画。いなださんの描くキャラはみんな魅力的、そして恐怖描写は容赦ない笑

恐ろしく丹念に貼られた伏線にきっとあなたも驚くだろう。

 

古舘春一『詭弁学派、四ッ谷先輩の怪談。』

今や『ハイキュー』で有名な作者であるが初連載はまさかの怪談。毎回怖い見開きがある。全三巻と綺麗にまとまっているので、ちょっと涼みたい時にはぴったりな良質ホラー漫画。

 

 

残穢(ざんえ) (新潮文庫)

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鬼談百景 (角川文庫)

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